パートナーとの関係を家の人にちゃんと言えたらいいのに

同性のパートナーがいて、現在一緒に生活していること。

日々充実していて、幸せだなって思っているんです。

そんな私は、今年28歳になっていて、今の時点で友人の結婚式に2回出席する予定で、ヘアセットのサロン予約をしたり、ドレスに悩んだりしているのですが、若干の焦りのようなものを感じています。

私もウェディングドレス着たいなとか、綺麗な式場に憧れたりする一方、家族にも祝福されたいというのは自分のエゴでしかないのかなと悩んでしまうときがあります。

 

私には同性の恋人がいると、母親が気が付いてしまったあの日。

母はひどく取り乱して、夜遅く家を出てしまいました。

近所の喫茶店に行っていたようですが、そのとき途中で合流した妹に色々話していたそうです。

「どうして、わざわざ荊の道を選ぶの。周りになんと言われるのか」

「育て方を間違ってしまった」

「理解できるわけがない」

 

そのような反応だったと、妹から聞いて、これはもう何も言わないほうが、母の心と身体のためかもしれないと、それ以来その話には触れないようにしています。

現在パートナーと一緒に住んでいることは、承知してもらっていますが、その先、自治体の手続きによってそのパートナーと家族になることや、どこかで一緒にドレスを着て今後を誓うなど、今の母親にその話をするのは酷だと思い、何もいうことができていません。

 

私は幸せです、ありがとう。ということを伝えたいのに、充分に伝えるにはどうしたらいいんでしょう。

「理解できるわけがない」と頑なな人に、「理解はしなくてもいいから、幸せであることはわかってほしい」と伝えるには、どうしたらいいのか。

そのことに未だもやもやするなか、今月もまた帰省します。

娘の私の幸せが、母の幸せであることは、十分知っているし、私は幸せなので、いつも通り笑顔でいようということは変わりないです。

休日出勤という現実から目をそらすための時間

もうそろそろしゃっきりと出勤の準備を整えなくてはならないのですが、その現実から目を逸らしたいと、ぐずぐずしております。

 

現実から目を逸らせたいというか、現実から少し距離を置ける時間として、睡眠時間と同じくらい読書の時間が割と好きです。

ジャンル問わず、気になったものを手に取ります。

その中で本日読み終わったばかりの本の感想を。

”時間を移動できる喫茶店" ”泣ける話” そんな簡単に泣く訳ないとひねくれながら読み始めましたが、しっかりと泣いてしまいました。
時間を越えて逢いたい人。伝えたい気持ち。いざとなると言葉にするのは難しくて、そんな切々とした思いが胸に迫りました。
タイトルにつられて、マグカップに淹れたコーヒーが冷めないうちに読み終わろうとしましたが、最後にはすっかり冷めて、苦くてしょっぱくなっていました。
リフレッシュできる読書時間でした。

 

ブクログにはいい感じにまとめてますが、読み始めるときは帯をみて「こんな分かりやすい感動ものに、いくら涙腺を決壊させがちな私でも泣かへんわ」と強気だったのです。

感動もの!という紹介文に胡散臭さを感じるので、本屋さんにいっても、私だったら手に取らない本なのですが、妹から「まあよんでみなよ」と貸してもらったので、しぶしぶ暇つぶしに読みはじめました。

素直な気持ちになる。

そんな物語で、この本を選ぶ自分の妹は素直でいい子に育ったと、その点でも泣けたのでした。

 

過去のブログのお話(つまりは、はてブロに慣れていないというお話)

何かしら更新していこうという心意気の現在です。

はてブロで検索している中で、私が高校生のときに出会ったブログのうちの一つを更新していた筆者さんを見つけました。

高校生当時は、セクシュアリティアイデンティティもふわふわと不安定で、同性が気になる自分はおかしいのではないかと消えてしまいたい気持ちと、恋が叶わないことの諦めと、自分は周りとは違う、少しおかしい人間だと知られたら、友人たちを失ってしまうのではないかという怖さで、自分で自分の気持ちを閉じ込めて余計に苦しくなっていました。

そんなとき「同性 好き」みたいな言葉をインターネットという海に放り投げて、行きついたのが、同じ気持ちや悩みを知っている人たちのブログでした。

そのブログたち見つけたときには、その存在があるという事実だけで、自分はここにいても大丈夫なのではないかと、呼吸が少し楽に感じられたのを覚えています。

いきなり記事のコメント欄に、自分の悩みをぶちまけるという、今でいうネットリテラシーのない行動をしたにも関わらず、丁寧な返信をもらい、大丈夫、ひとりじゃない、と安心した記憶が。

そうしていつの間にか自分も某ライ●ドアブログを開設して、片思いジャンルで時々ランキングに入るブロガーになってしまい、ずぶずぶとブログの沼に生息するようになってました。もうそのブログはネットの海の藻屑となり消えていますが。

現在のブログって、Webライティング的に、題名とか段落ごとの見出しで最後まで読ませるものが多くなっているので、こうしてつらつらと書き留める性格が薄れている気がします。特にはてブロ。

じゃあア●ブロとか、別のところいけばいいと思うのですが、なんか今さらいいかなと思って、ここでしずしずと書く事にします。

とりあえず。今日はここまで。

 

いつだってカレーと珈琲をきめたい

カレーを食べたら、無性にコーヒーが欲しくなります。

この現象が起こるのはなんでなのか。

よくわからないけど、カレーの脂分を、すっとさせたいという脳のシグナルでも発信されているのかな。

 

これも不思議な現象

 

休日の朝は、こういう気分でいたい。みたいなこだわりが見える不思議な心です。

ちなみ次の駅から電車が混みはじめたので、休日気分は初めの5分くらいでしたが、悪くはなかったです。

 

自分のご機嫌を取るのに、カレーや珈琲やパンとお紅茶を活用しています。

 

 

いつだって母は娘のことを考えている。もう少し自分のことを大事にしたらいいのにと思う。

久しぶりに母から電話があって、何事かと思ったら

「仕事着にいいと思って、このブラウスどうかな」

と同時に妹からLINEで画像が送られてきた。

そのブラウスは爽やかな感じで綺麗だと思った。

「いいね」

と答えると。

「じゃあ、お母さんとお父さんからのプレゼントってことで買うね。デパートの商品で、値段見てもあなたはきっと買わないだろうし」

「待って。うれしいけど、お母さんの自分のお買い物しなよ」

「いいのいいの」

そういって電話が切れた。

母自身の身体のことにお金をかけてほしい。薬とか病院とかもだけど、若い頃はおしゃれにこだわって、きれいなお洋服を買っていたのに、今は自分のことはさておき、手が離れたはずの娘の洋服とか気にしている。

自分のことに、もっとお金を使ってほしい。

母自身がお金かけようとしないなら、こちらからいろいろ送付けようかな。

マッサージの券なり、お金なり。

母はいつまでも娘が心配で、そんな母が娘も心配なのです。

 

ひさしぶりの更新でした。

 

 

 

 

カムアウトして求人応募してみたら採用された話……する?

ずいぶんと更新が空いてます。

その間で大きな出来事。

【脱ハケン、ご無沙汰です社員】

厳密にはまだハケンさんやってますが、いろいろ引継ぎ等が終わりましたら、希望の業界の社員へジョブチェンジします。

ほんとこの3年くらいのらりくらりと色々やってました。

新卒で採用された会社を辞めたあと、何をしていこうか、ぼんやりぼやぼやと24歳くらいから契約社員派遣社員という非正規雇用を3年くらい繋いでいました。

 

契約社員派遣社員という立場で、だいたいいつも定時に帰れて、休みもちゃんとあって、アフターファイブもランニングしたり図書館行ったり、スーパーに行けたりと結構充実していました。

ももっとしっかり仕事にコミットしたいなあ、何ができるのかしたいのか、ぼやぼやとぽちぽちと就活をはじめたのが昨年の秋ごろ。

新卒のころは幸いにもすんなりと決まったので、20代後半にして祈られる気持ちを噛みしめておりました。 

そんな転職活動の中、今回は1社だけいつもと違うことをしました。

それは

「同性のパートナーがいると応募書類でカムアウト」

 

そんな書類を送ったその会社から、幸いにも採用をいただきました。

実際どうだったのか、少し振り返ってみます。

 

◆なぜ応募書類に書いたのか

応募書類の課題に、自分の性格を表現する”エッセイ”の提出がありました。

自分の性格が出るもの

尚且つ

数多くの書類から目に留まるもの

を書かなくてはとぐるぐる悩みました。

 

自分の性格が出るエッセイ……。

求人の応募ですから、募集する人材にどれだけ自分がマッチしているかが伝わるエッセイにしなくてはならないと考え、募集概要をもう一度読み直しました。

▽募集概要からわかる欲しい人材▽

・問題や矛盾に立ち向かうひと

・チームワークを大切にするひと

・職種に関係なく、課題解決に積極的に取り組めるひと

 

また会社説明会に参加したときの印象から会社の風土を考えてみました

▽会社の風土▽

・部署を越えて親密にコミュニケーションをとっている

・双方にオープンな会話をしている

(プライベートも含め、不必要に立ち入らない程度に)

・個性的な人が多いと紹介している

 

これらのことを踏まえ、採用したい人材像にできるだけマッチし、自分の性格が出る題材として

「解決すべき課題を見つけて、人とのつながりを持ちながら、積極的に行動できる」

そんなエピソードを引っ張り出そうと思い、以下のようになりました。

 

「モテない私(解決したい課題)が、セクマイのコミュニティに入って(人とのつながり)、パートナーとなる人を見つける(積極的な行動)まで」

 

もしLGBTセクシュアルマイノリティーについて、ちょっとなあと人事の方が思ったのなら私の応募書類はボツだと思いますし、それも縁ですから、まずは書いて送ろうと思ったのです。

幸いにも書類に目を通して頂き、面接に進むことができました。

 

◆いざ面接へ。LGBT等に対して、意外と反応が薄いという実感。

意外と、物珍しいとか、変わっているね、という反応がなく、人に対してとてもフラットな見方をされてる印象でした。

だから、自分の選んだ題材が色物として扱われてないことが少しうれしくもありました。色物として扱われるかもしれない可能性を考慮していたので「変わった子がいるから話してみよう」という雰囲気であれば、ご縁がなくてもいいかなと思っていました。

 

そして次の質問は鋭く、また同時に安堵するものでもありました。

「求人の応募で、わざわざ(同性のパートナーについて)書かなくてもいいよね。クローゼットに過ごす人もいるし、就職活動でオープンにしなくてもいいことだし。それをあえて題材にするのはどういう意図なの?」

 

わざわざプライベートな内容を書かなくてもいい。

その人がどういう人が好きなのか、応募書類に書かなくても就職はできる。

 なのにテーマに選んだのはなぜなのか。

 

とてもスマートでフラットな質問だと感じました。

そして 世間一般でのセクマイ、LGBT等の認識はちゃんと広まっている実感がありました。

「クローゼットに過ごしている人もいる」

いろんなライフスタイルがあることを肯定した上で、この題材の意図を聞かれたので、そのような人事の方に書類を読んでもらえてよかったと思いました。 

 

なぜそのテーマにしたのかは、先に述べた通りに面接官に説明をしました。

 

◆実際カムアウトして応募してみて、別に特に必要はないのではという結論

これまでもこれからも思いますが、仕事とプライベートは別です。

プライベートを仕事に持ち込まない。

仕事をプライベートに持ち込まない。

このふたつはごっちゃにせず、きちんと切り分けて考えるべきと思っています。

今回はあくまでも自分の性格を伝えるエッセイを書けという課題だったので

「”モテないと困っていた私”が頑張ってみた話」をエッセイという応募書類にしてみました。 

セクマイであることは自分を構成する核ではなく、そのエッセイの中に少し含まれている多くの要素のひとつなのです。

だから自分を伝える題材は他にもあると思います。

吹奏楽コンクールで当時演奏した曲を聴くだけで、今でもお腹が痛くなる私」

「紅茶党だった私が出会ってしまった、おいしい珈琲の話」

「学生アルバイトとして最優秀賞をもらったときの仕事への心がけ」

……きっと他にもひねり出したらある、はず。

 

自分を構成するいろんな要素の中で、何を選ぶかは戦略のひとつだと思います。

今回は同性のパートナーが出てくるエピソードを選んで、ご縁がないなら仕方ないと思い、でも一番最近の話題だから書いてみようと試みました。

 

一番大切なのは

なぜその題材にしたのか、理由も納得できるものにする。

そして、自分を構成するのはセクシュアリティだけじゃない。それは一部。

自分は思ったよりもたくさんの引き出しも中身もあるんだよ。

 

今回は応募書類でカムアウトすることになりましたが、カムアウトは最強のカードにはならないと思いました。

偶然にも幸運にも採用いただきましたが、カムアウトは私の全部じゃないので、ちゃんと仕事で評価してもらえるようがんばろう。

 

長くなっちゃった。

キュア社員、しごとも生活もがんばろうか。

by:tommy

指輪を外すのは、クローゼットなセクマイだからなんです。

喫茶店のある生活が馴染んでいるのは、名古屋生まれだから

よく「お茶いこ」と母と近くの喫茶店に行くのが、幼いころからの習慣でした。

育ちは神戸ですが、生まれは名古屋なので、幼いころからよくモーニングに行ったり、母が友人とお茶をしたりする横で座っていたりしました。

小さいので、オレンジジュースしか飲めませんでしたけど。

名古屋の喫茶店には、たくさんの漫画が置いてあります。

私は、まだ幼稚園に入園していない文字の読めない年齢なのに、その漫画を熱心に読んでいたそうです。

ちなみに本の向きは逆さまだったそうです。

文字は読めないし、絵も逆さま。小さい私は何が楽しかったのか、本人もよくわからないです。

時代は進み、コメダ珈琲が全国展開しているこの頃。

青春時代を名古屋で過ごした両親にとっては、とても馴染み深い喫茶店が実家の近くにできて、娘としては結構うれしいのです。

両親にとって、神戸という土地は故郷でもない、昔馴染みの知り合いがいるわけでもない。

そう考えると、さみしいのではないかと思うのです。

だから、お互いにとって共通の懐かしさを感じる名古屋の喫茶店が家の近くにできて、本当によかったと思っています。

そんな喫茶店でいつものようにお茶をしていたときです。

 

指輪をつけたままにしていて動揺してしまった私。

オーダーした後、メニュー表を立てかけるときに、左の薬指に小さな光があるのに気が付きました。

母が雑誌に目を落としているのをすばやく確認したあと、こっそりとテーブルの下で指輪を外しました。

大切な人から贈られた、大切なリング。

ずっと付けていたいのですが、まだ大切な人のことを親に言えてないままでいます。

「もし娘が、パートナーとして女性を紹介したら、なんと反応するのだろうか」

自分の親が、セクシュアルマイノリティやLGBTs等にどのような認識をしているのか、未知な部分も大きく、少し怖がっています。

何よりも、娘に同性のパートナーがいることに「育て方を間違えた」と親が自身を責めるのではないかと、それが一番怖いのです。

しかし、尊敬信頼しているパートナーのことをきちんとご紹介をして、「私は幸せです」と家族に伝えたいです。

いつ、どのように伝えるのか。

まだ方法は手さぐりですが、私自身が自分の同性を魅力的に感じるという感情を受け入れるのに3年以上はかかりました。

だから、カミングアウトしたらゴールではなく、両親へのカミングアウトからがスタートです。

指輪を外した左薬指を、右手でそっと触って、大切な家族とパートナーへ思いをめぐらせました。

 

やっぱり実家では外す人もいるのだと、ちょっとホッとした記事

聞いてみました!セクマイカップル♡ペアリングの話 – Girrls∞Luv!【ガールズラブ】

この記事の中に、帰省中は指輪を外すという話がでてきて、ちょっとホッとしました。

 

「親にいつかカミングアウトしたい」と思える人に出会えてよかったね、とセクマイの友人に言われました。

怖がっている気持ちに小さくなりそうでしたが、その言葉を聞いて、幸運で感謝ばかりだと少し元気になりました。

今、あるものに目をむけて。

がんばって。わたし。(cv:NHK朝ドラ「べっぴんさん」のナレーション)

 

 

 

 

 

空港で思い出す事。お迎えなんて大丈夫なのに、お迎えに来た家族のこと。

空港で思い出す事。

迎えなんて大丈夫なのに、迎えに来た家族のこと。

好きな人が海外にお出かけするというので、空港までお見送りに行ってきました。

個人的に空港って、特に国際線もある大きな空港だと「That's Japan‼」みたいな感じで、日本の特長がこれでもかと凝縮されているので、ちょっとテーマパークみたいだなって思ってます。万博の日本館ってこういう空間なのかなみたいな(万博いったことないけど)

空港の万博日本館なワクワク感で何とか気を紛らせようとしたのですが、さみしさのあまりに景色が滲んで見えて大変でした。

ちょーーーっと恋人が海外に旅行に行くっていうだけで、ほんと自分の涙腺は大げさだなと思って、コントロールしきれないのに、つくづく呆れてしまいます。

 

出発ゲートへ好きな人を見送ったあと、フライトまでには1時間以上時間がありました。

展望デッキから飛行機を見送ることも考えましたが、日本に残される感じに心が耐えられなかったので、こちらも飛行機に乗って気を紛らせようと思い、国際線ターミナルから国内線ターミナルへの無料シャトルバスに飛び乗りました。

実家のある街へ飛ぶ飛行機がある便利な時代。新幹線よりも安く早く移動できるのはうれしいですね。

 

久しぶりの飛行機。しばらく眠って起きたら、明石海峡大橋が遠く機体の左正面に見えてきました。そう思ったら、大きく旋回をし、続いて田園、漁港、砂浜、岬、工場、街の順に見えてきました。明石周辺→垂水→須磨→和田岬→神戸市街地ですね。

神戸空港への着陸コースに入ったと機内アナウンスが入りました。空港に向かう機体の左側に街の様子が見えたので、着陸は東向きということなんだと思います。窓の外の風景は飽きませんね(だから移動中の読書とかあまり進まない)

(※wikiを見たら本当に東向きでした神戸空港 - Wikipedia

 

神戸空港に降り立ち、到着ゲートから空港内に入ると、パンの香りが鼻孔をつつき、ある和食屋さんの看板が見えました。

その看板を見たとき、数年前の記憶がよみがえりました。

東京の友人の元へ遊びに行ったあと、飛行機で神戸に帰ってきた日。

空港から電車に乗れば普通に帰る事ができるのに「迎えに行くから🚙」と一言に絵文字を付けたメールが母から来ました。

社会人になっていた自分は、少し気恥ずかしくて「別に大丈夫だよ」と送ったのですが、それでも家族全員で迎えに行くという返事。

空港に帰ってきて、家族と合流したあと、和食屋さんで夕ご飯を食べました。

一緒に食事をすること。

そのときは当たり前だと思っていましたが、現在実家から離れて暮らし、パートナーがいて、その人と一緒にご飯を食べるのがとてもおいしくて、でも一人だと全然つまんないことが分かった自分には、あの日の母や父の思いが少しわかった気がしました。

大切な人と一緒に食事をすること。

とてもシンプルなことですが、何にも代えがたい幸せの形なのだと思いました。

いっぱいごはんを食べよう。大切なひとたちと。

 

Tommy